今更、言えません
「そのプロセスや判決理由についてまで同意したという意味ではない」という考えの方もいらっしゃるようですが、「裁判を受諾した」以上は無理な主張でしょう。この意味で例の「赦免に関する国会決議」に参加した国会議員さんたちも
間違っていた
と、私は考えています。さらにこの決議では、主に「命令されて戦争参加した」B/C級戦犯者に関して言及されているのみなのです。そういう人達が拘留されているのは可哀想だという決議なのです.前の記事でも書きましたように、私が問題にしているのは当時指導する立場にあった
A級戦犯
の人達に関してです.彼らは戦争を指揮し、日本及び近隣の人々に多大な被害を出した元凶でありながら、一般の「戦いに身を投じ、亡くなっていった」人々に
紛れ込むように
昭和53年、「昭和殉難者」とかいう
訳わかんない
肩書で合祀されたのです.いわば、「加害者」が「被害者ヅラして」仲間入りしたようなもんです.そして、このころから閣僚の「参拝」「公式参拝」が出てきます。何なんでしょう?
このタイミング
彼らが祀りたかったのは、戦争の犠牲になって身を投じ散っていった人々ではなく
戦争を指揮し、駆り立てていった
A級戦犯の面々
だったということではないのでしょうか。
だからこそ、その面々を一般の戦没者に
紛れ込ませ
靖国批判に対しては、
国の為に死んでいった人々に何を言うか
と言える状態にしたかったのではないかと思います。戦没者慰霊という名目で
堂々と
参拝することができるようにするための卑怯なやり口だと思います。
いささか話がずれてしまったのですが、
もはや罪人ではない
というこの表現、「刑事訴追できない」という意味ならば、確かに
その通りです.
実際、そのような論旨の方もいらっしゃいます。「だから、正解なんだ」と。
しかし、「罪人ではない」という表現は訴追云々以前に
「悪くない」
と言っているように聞こえるのですよ。「罪には問えない」と言ったのなら、ここまでの反発は感じてなかったと思います。ま、そういう表現は
絶対にしなかったでしょうね
国をどんなにメチャクチャにしても、決して
責任者が追及されてはならない
のが、この国の「エリート」・施政者達の基本スタンスですからね。





